最高裁判所第一小法廷 昭和41年(オ)158号 判決 1966年9月29日
上告人
塚本為太郎
右訴訟代理人
松島政義
山本忠義
茶村剛
被上告人
日本商資株式会社
右代表者
木村豊
ほか四名
右五名訴訟代理人
名川保男
坂晋
薄根正男
岡村了一
主文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人松島政義の上告理由第二点ないし第五点、および同山本忠義、同茶村剛の上告理由について。
原審の確定するところによれば、上告人が代表者である訴外塚本電機株式会社は、昭和二四年一〇月二三日、被上告人日本商資株式会社から、金二〇〇万円を、利息月一割、弁済期同年一一月二三日の約束で、利息を天引の上借り受け、上告人は原判示の経緯を経て同年一二月二二日右貸金債務の担保としてその所有する本件不動産に被上告会社のため第二順位の抵当権を設定したが、同二五年三月二二日にいたり、上告人と被上告会社との間において、塚本電機の被上告会社に対する前記貸金債務の同年三月三一日における元利合計を三〇〇万円として残額を打ち切り、右債務の連帯保証人たる上告人において本件不動産を右三〇〇万円の債務の代物弁済として提供し被上告会社名義に所有権移転登記をすることとし、被上告会社においては右不動産を他に売却することに努力し、売却代金から前記貸金債務三〇〇万円を精算のうえ残額を上告人に返還する旨の合意が成立し、右の合意に基づき、同年四月五日、上告人から被上告会社に対し、本件不動産の所有権移転登記がなされたというのである。そして、原審は、右の事実および原審認定の本件における事実関係のもとにおいては、同年三月二二日なされた前記合意は、本件不動産所有権を前記貸金債務三〇〇万円の弁済にかえて被上告会社に移転する旨の代物弁済契約であつて、上告人主張の譲渡担保契約ではない旨判断していることが明らかである。
ところで、代物弁済とは本来の給付に代えて他の給付をなすことにより既存債権を消滅させる債権者と弁済者間の契約であつて、担保の目的物たる財産権を移転することにより信用授受の目的を達成する制度の一である譲渡担保が、財産権移転後もなお既存債権を存続せしめ、債務者においてこれを弁済しない場合に、右財産権によつてこれが満足をはかることを目的とするのとは、趣を異にする。すなわち、前者は代物の交付(財産権の移転)により既存債権を消滅させることを契約の要素とするに対し、後者は契約による財産権の移転後もなお既存債権の存続を前提としている点において、両者間には本質的な差異が存するのであつて、ある契約が代物弁済・譲渡担保のいずれに該当するかは、慎重に検討すべきところである。ことに代物弁済契約の形式を借り担保たる不動産の名義を債権者に移転せしめながら、なお既存債権を消滅せしめることなく、名義を移転した不動産を処分することにより清算を行うことが行われうるからである。
右の見地に立つて本件をみるに、前記原審の確定するところによれば、被上告会社は、昭和二五年三月二二日成立した本件契約により本件不動産所有権の移転を受けた後において、右不動産を他に売却することに努力し右売却代金から原判示の本件貸金債権三〇〇万円を精算のうえ残額を上告人に返還する旨約したというのであるから、原審の右認定自体からしても、本件契約が代物弁済契約であると断定した原審の判断には疑問が存する。もつとも、甲五号証には「上告人所有の不動産を三〇〇万円を限度として代物弁済を為す」旨の記載があるけれども、同号証の「売却代金より先に抵当権のある債務の弁済をした残額を上告人に返還することを約諾する」旨の記載その他の証拠資料等と対比して考察すれば、前記代物弁済なる記載がその本来の意味において用いられたものか否かは疑わしく、したがつてかかる事実関係にある本件においては、原審としては、前記の諸点につき更に審理を尽くし、もつて前記契約の趣旨を明らかにすべきである。しかるに、原審が、右の点について審理を尽くさず、首肯するに足る理由を示すことなく、同号証の前記記載等に依拠し、本件契約は代物弁済契約であつて上告人主張の譲渡担保契約ではない旨速断したのは違法であり、原判決はこの点において破棄を免れない。そして、本件契約が右のいずれに該当するかについては、なお前記の諸点について審理する必要があるから、これらの点について審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すのを相当と認める。
よつて、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(松田二郎 入江俊郎 長部謹吾 岩田誠)